自衛隊イラク派兵違憲訴訟の会・熊本
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ニュースレター17号 より 2008.06.27

名古屋高裁判決学習会「川口創弁護士講演」

2008年6月27日(金)午後6時30分〜8時30分
熊本県民交流サロンパレア第8会議室

講師:川口創弁護士(イラク派兵差し止め訴訟弁護団事務局長)
主催:自衛隊イラク派兵違憲訴訟熊本弁護団&自衛隊イラク派兵違憲訴訟の会・熊本

皆さまをお待たせしていたので、川口弁護士には飛行場から直行していきなり講演をして頂きました。判決文に沿ってポイントを話され、質疑応答も時間が足りないほど充実していました。
そして、「明日から皆さんは講師として、違憲判決の意義を伝えて下さい」と言われました。
 
空自は今も武力行使(実質的な戦争)をしています。
判決を喜んでいるだけではいけない。全国(自分たち)の判決と思い、広げていかなければならない・・・・
 

資料

名古屋差し止め訴訟弁護団事務局長「川口創弁護士」の名古屋高裁判決の解説
 

【名古屋差し止め訴訟の会「差し止めニュース」19号より著者の許可を得て転載させていただきました】



なにが画期的で、なにが重要なのかを、川口弁護士が丁寧に解説!

川口弁護士


判決内容の解説と判決の意義

弁護団事務局長 川口創弁護士



歴史的画期的な違憲判決

日本国憲法が施行されて60年以上が過ぎました。その間、裁判所が政府の行為について憲法9条の適合性を判断したのは、1959年の砂川事件地裁判決と、1973年の長沼訴訟地裁判決しかありません。いずれも判決は上級審で覆されたため、平和憲法を戴く日本において、いまだ憲法9条違反の司法判断は確定したことがありませんでした。

しかし、このイラク派兵違憲判決は、2008年5月2日に確定しました。しかも、最高裁に準ずる高等裁判所の判断として確定したことは極めて重要です。平和憲法が、ついにはじめてその力を発揮したのです。まさに歴史的、画期的な違憲判決です。

判決文はとても分かりやすい文面で、多くの市民に知らされていないイラクの深刻な事実を克明に認定しています。


イラクの深刻な実態と日本が戦争をしている現実が、違憲判決を産み出した

違憲判決は、いきなり偶然に出されることはあり得ません。3人の裁判官が重い「覚悟」を決めてまで違憲判決を下したのはなぜか。

それはイラクの現状と、自衛隊が「参戦」している深刻な事態が、もはや違憲判決を下さなければならないほど、深刻な状況にあったからです。判決文は、「裁判所の判断」の冒頭の項目が「当該派遣の違憲性について」であり、その違憲性の判断の大半をイラクの深刻な事実の認定に割いています。

例えば、ファルージャでの米軍の掃討作戦を指摘し、米軍が「クラスター爆弾並びに国際的に使用が禁止されているナパーム弾、マスタードガス及び神経ガス等の化学兵器を使用して、大規模な掃討作戦が実施された。残虐兵器といわれる白リン弾が使用されたともいわれる」など、米軍のイラク攻撃の実態を克明に指摘しています。また、「イラクでは人口の7分の1に当たる約400万人が家を追われた」「(英国の臨床医学誌ランセットは)イラク戦争開始後から平成18年6月までの間のイラクにおける死者が、65万人を超える旨考察を発表した」など、イラクの深刻な実態を丁寧に認定しています。その後、バグダッドを戦闘地域と認定。さらに航空自衛隊の輸送活動を分析した上で、政府のこれまでの憲法解釈に当てはめ、多国籍軍との「武力行使一体化」したものであり、「自らも武力の行使を行ったと評価を受けざるを得ない」として「憲法9条1項に反する」と断罪をしました。

日本ではほとんど知らされていないイラク戦争と自衛隊派兵の深刻な実態が、この判決では克明に認定されています。すでに日本は戦争をしている。判決はその真実を見抜き、しっかりと認定しています。

裁判所は憲法の番人としての職責を全うし、違憲立法審査権(憲法81条)を行使しました。次は「私たちは戦争をしている」という事実認識を政府に対してつきつけ、憲法を守らせるための「不断の努力(憲法12条)」をしていかねばなりません。この点を、まず何より強調したいと思います。


2008年4月という時点で違憲判決が下された意味

この判決が、2008年4月という時点で下されたという時間軸もしっかり抑えておく必要があります。政府はこの夏にも、派兵恒久法の法案をまとめ、秋の臨時国会に提出をという流れを作っています。今ではアメリカ国内でもイラク戦争は間違っていたという認識が確実なものとなる中で、世界で日本だけが、イラク戦争と自衛隊派兵についての総括を全くしていません。しかもさらに海外派兵を拡大しようとしています。この4年間、防衛庁が防衛省になり、米軍再編が進み、アメリカとともに戦争をする国作りが着々と進められてきました。しかも、ほとんど議論もないままに。弁護団はその危険性を法廷で強調してきました。

その判決が今、下されました。判決で、航空自衛隊の空輸が違憲と判断されたのですから、派兵恒久法はさらに違憲であることは自明です。この判決を派兵恒久法を食い止めるために大いに活用をしていくことが必要です。


改憲論議に対する歯止めに

現在の改憲論の主流は、憲法9条1項はそのままにして、2項を変えようというものです。自民党新憲法草案も1項は変えないとしています。しかし、この判決は、イラク派兵を「憲法9条1項」に反するとしています。ということは、改憲をしても、海外での武力行使を伴う自衛隊の派兵は違憲となります。改憲派の狙いは、海外派兵の拡大ですから、この判決によれば「改憲しても無駄」ということになります(もちろん集団的自衛権論の問題が出てくるでしょうが)。判決の使い方によっては、改憲論を食い止めていく力になります。


平和的生存権の「具体的権利性」を認めた

この判決は、自衛隊のイラク派兵の憲法違反を認めた点だけでなく、平和的生存権の具体的権利性まで肯定した点でも極めて画期的です。

これまで裁判上では平和的生存権は「抽象的権利」とされ、裁判で訴えられるものではないとされてきました。ですから、湾岸戦争から続けられた海外派兵を違憲と主張したこれまでの裁判の闘いでも、原告の訴えはずっと門前払いをされてきました。このイラク訴訟も、名古屋地裁では「平和的生存権は抽象的」との論理で私たちの主張を一蹴しました。

しかし、2007年3月23日、イラク派兵第7次訴訟で名古屋地裁民事7部が、いわゆる「田近判決」において平和的生存権の具体的権利性を一般論として肯定しました。そして今回の名古屋高裁判決では、田近判決を引き継いで平和的生存権の具体的権利性を肯定し、「憲法9条に違反する戦争の遂行、武力の行使等や戦争の準備行為等」への「加担・協力の強制」も要件に含めるなど、侵害と認める要件を拡大しました。

この要件からすれば、今、全国で進められている日米軍事再編の結果、特に基地のある地域での被害は「戦争の準備行為への加担強制」にあたり、平和的生存権侵害であると言える可能性まで出てきました。さらに、今後政府が進めようとしている海外派兵にも、裁判所で門前払いをされることなく、法廷で堂々と政府の行為の違憲性を争うことができる道が開けてきたのです。まさに、画期的です。


政府関係者の「暴論」に対して


繰り返される判決軽視発言
17日にこの違憲判決が下された直後から、政府関係者の「傍論でしょ(福田首相)」「判決文は暇ができたら読みますよ(高村外相)」「そんなの関係ねえ(田母神幕僚長)」など、判決をことさら軽視しようとする発言が繰り返しなされています。

「憲法なんか関係ねえ」
これらの発言は判決の影響の大きさを逆に物語るものだと言えます。しかし、このような発言は、「憲法なんて関係ねえ」「裁判所なんて関係ねえ」と言っているに等しく、憲法尊重擁護義務(憲法99条)を負った者の発言として決して許されるものではありません。

「傍論」ではなく「本論」である
また、この判決は、決して「傍論」ではありません。私たちはこの裁判で、国家賠償請求法に基づいた主張をしましたが、ここでは、大きく@加害行為の違法性とA利益侵害の2点が要件となります。判決で違憲性を認定したのは、@の加害行為の違法性ですから、まさに本件の本論であり、核心部分です。「当裁判所の判断」の冒頭から「当該派遣の違憲性」を正面に据えて検討しており、補足的に違憲性を判断したわけでもありません。この点で、「傍論だ」との政府の反論は、的外れの「暴論」です。

「寸止め」、「執行猶予」判決
@とAの双方の主張が認められて、はじめて原告の勝訴、国の敗訴となります。この判決では、@の加害行為の違法性については、違法ばかりか違憲とまで認められたのですから、国の完敗です。他方で、Aの利益侵害の点では、判決は平和的生存権の具体的権利性を一般論として肯定しつつ、かろうじて「未だ」原告側に利益侵害はないとしました。ということは、国は@では国は完敗だが、Aでぎりぎり勝たせてもらった。その結果、主文で国がかろうじて勝たせてもらった、というだけです。判決の論理では、ひと思いに国を完敗させることもできたのに、ぎりぎり国の息の根を止めませんでした。まさに「寸止め」判決です。

これは、裁判所が国に対して、違憲のイラク派兵を反省し、自ら撤退させる機会を与えた、ということです。その意味では国の顔を立てた「執行猶予」判決とも言えます。国は裁判所の意図をくみ、自らしっかり反省して撤兵をすべきです。

「上告」について
主文では原告側の敗訴、国の勝訴ですから、国は上告できません。これに対して、反論の機会がないのはけしからんという声が、政府関係者から上がっています。しかし、国は裁判の中で、違憲性について反論する機会は4年にわたって十分あったのに、全く反論をしてきませんでした。事実の認否すらせず、ただ原告らに裁判をする資格がないことをずっと繰り返し主張してきただけです。反論の機会を放棄してきたのに、違憲判決が出た途端に反論の機会を与えろとは、何をかいわんや、です。

また、原告側が敗訴しているのに上告しないのは不当との批判もあります。しかし、上告は義務ではありませんから、負けたから上告すべきなどということはあり得ません。また、私たちが求めていたことは裁判所の違憲判断です。この判決ではまさにその違憲判断を勝ち取ったのですから、私たちの目的は120%達成しました。上告する必要はどこもありません。上告をしないという判断は正当な判断です。仮に上告をすれば、今の最高裁では100%違憲判決は覆され、高裁判決は確定しません。派兵恒久法制定の動きがある今、違憲判決を確定させることの意味は極めて重いのです。


判決の効力について


2点に分けて考える
判決の効力を考える上では、政治部門(行政、立法)に対する効力と、司法部門(他の全国の裁判所)への効力を分けて考えます。

政治部門への直接の強制力
まず、政治部門への効力ですが、仮に「派兵差し止め」を最高裁までが認め、判決として確定したとしても、国に対する強制力はありません。「慰謝料請求」は強制執行可能ですから、履行されますが、「派兵差し止め」は強制執行できません。ですから、今回名古屋高裁で仮に主文で差し止めが認められても(国に上告されますから実際は確定しませんが)、イラクから撤退させる強制的な力はありません。つまり、主文で勝っても、残念ながら直接の強制力はないのですから、そこに固執する必要は必ずしもありません。

三権分立による影響力
しかし、日本は三権分立を柱としており、憲法解釈の最終判断権限は裁判所に与えられています。ですから、裁判所の司法判断は、主文であろうと、理由中の判断であろうと、国政上最大限尊重されねばなりません。例えば刑法の「尊属殺人の規定は違憲」とした判決を受けて、国会で法律を改正したこともあります。ですから政治部門にはこの違憲判決を最大限尊重すべき義務があることは間違いありません。主権者である私たちがすべきことは、違憲判決を政治部門に突きつけ、政策の転換を迫り続けることです。

司法部への影響力と政冶への影響力
裁判所では、判決の結論の主文よりも、結論を導く過程の「理由中の判断」が重視されます。高裁の「理由中の判断」は特に重く、全国の地裁が、高裁がある論点で用いた「理由中の判断」に「追随」していくことはよくあることです。今回の名古屋高裁判決で言えば、憲法9条違反を導いた基準と、平和的生存権の基準の2点が重要になります。他の全国の地裁が今後同種の事件を判断する時に、この基準を用いる可能性が十分あるのです。これは今後海外派兵を拡大しようとしている国にとつては大きな脅威です。

今回の判決で、平和的生存権の基準が明確になったことから、次の「派兵」の時には全国で多くの市民から「差し止め訴訟」が起こされる可能性が高まります。しかも、違憲判決の基準も明確になったことから、違憲判決を下す地裁が他にも出てくる可能性があります。これは、国に違憲の海外派兵を繰り返させない大きな歯止めになります。今まで国が9条をなし崩しにしてきた中で、裁判所は沈黙を貫いてきましたが、今後は市民と裁判所が国の違憲行為の前に大きな壁となって立ちはだかることになるのです。

この判決は国にはジャブのように効く
先ほど述べたように、違憲判決は政治部門に対して直接の強制力はありません。その意味で「一発の破壊力」はそれほど強くありません。しかし、この判決は国にはジャブのように効いてきます。それが相手の足を止めることになります。この判決は国の海外派兵拡大政策を食い止める潜在的な大きな力を持っているのです。

普通の市民が憲法9条の力を発揮させた
3人の素晴らしい裁判官がこの判決を書いて下さったことは事実です。私も裁判官に対して深く深く感謝しています。しかし、判決は「与えられた」ものではありません。多くの原告と弁護団、支援者、平和を願う市民が4年以上もの粘り強い闘いによって勝ち取ったものです。この4年にわたり、法廷で弁護団は約90もの主張書面を提出し、多くの証拠を裁判所に示し、裁判所を説得し尽くしてきました。原告は、法廷の内外でイラクの実態を知るための機会を作り続けてきました。

この判決は、私たち市民が9条を使い、裁判所を通して9条の力を発揮させた結晶なのです。市民の力で9条の力を発揮させたことに、まず確信を持ちたいと思います。そして、私たち主権者が憲法を実際に使うことこそが、憲法を市民のものにし、これ以上の政府の暴走を食い止めることにつながるということに確信を持ちたいと思います。



活かすも殺すも、私たちにかかっている

以上、簡単に述べてきましたが、この判決を活かすか殺すかは、私たちの「不断の努力(憲法12条)」にかかっていることを再度確認しておきたいと思います。「良い判決が出て良かった」で終えてはもったいない。4.17違憲判決を力に、平和憲法の理念を実現させるために、引き続き、ともに頑張りましょう。



憲法99条:天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。

尊属殺人:昔は子どもが親や祖父母を殺した場合、殺入罪をより重くする規定があった。「法の下に人はすべて平等である」という現在の憲法の概念と合わないと裁判所が判断したため、国会で話し合われ1973年に刑法から削除された。

憲法12条:この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。


(2008年6月27日)名古屋高裁判決学習会「川口創弁護士講演」


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