自衛隊イラク派兵違憲訴訟の会・熊本
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資料 2006.04.14

第4準備書面

第1 はじめに
第2 イラクにおける近時の治安状況
第3 司法権と戦争との関係について       
 1 はじめに
 2 憲法における戦争禁止条項
   (1)憲法前文
   (2)憲法9条(永久平和主義)
   (3)憲法18条(人身の自由)
   (4)憲法76条(司法権)
 3 自民党の憲法草案と問題点
   (1)自民党の憲法草案の「軍事裁判所」について
   (2)自民党案の問題点
   (3)自民党案と自衛隊のイラク派遣
 4 イラク派兵と「戦争をする国」つくり
   (1)イラク戦争の現実
   (2)「戦争をする国」つくり
第4 イラク派兵行為が原告らの人格権を侵害すること
 1 人格権侵害について
 2 憲法保障機能としての違憲審査権
 3 人格権が判例上,一般的に肯定されてきていること
 4 原告らに「戦争及び武力を行使しない日本に生存する権利」の侵害があること
第5 裁判を受ける権利との関係
 1 法律上の争訟(裁判所法3条1項)
 2 日本国憲法と「法律上の争訟」
 3 平和的生存権が具体的権利ではないのか
 4 法律上の争訟性を欠いているか
 5 確認の利益



平成17年(ワ)第367号
自衛隊イラク派遣差止等請求事件
 原  告    藤  岡  崇  信    外45名
 被  告    国                   

原告ら第4準備書面

 2006年4月14日
熊本地方裁判所
    第2民事部 御 中
原告ら訴訟代理人       
                   弁 護 士   加  藤    修
   外
 頭書事件につき,原告らは,以下のとおり,弁論を準備する。

第1 はじめに


本準備書面は,まず第一に,従前の準備書面で原告らが述べてきた自衛隊のイラク派兵行為の違憲性・違法性を認定する前提事実として,これまで主張してきた事実に加えて,イラクにおける自衛隊を取り巻く近時の内戦状態とも呼べる情勢を主張するとともに,第二に,本件イラク派兵行為の真の目的である,我が国を戦争をしうる国にすることについて,憲法の戦争禁止条項,とりわけ,司法権と戦争との関係について述べる。

続いて第三に,原告らが主張している人格権侵害について主張した上で,第四に,被告が,これまでの答弁書及び準備書面において,極めて形式的な理由に基づいて原告らの訴えを却下することを求めていることに対し,原告らの有する裁判を受ける権利(憲法32条)の観点から,反論を加える。

以下に主張するとおり,近時のイラク国内情勢は,2003年5月の戦闘終結後,最大の死者数を数えるほどであり,このような状況の中,ますます自衛隊の撤退が困難になっていることは明らかである。
このまま,自衛隊がイラクに止まることは,違憲・違法の状態を継続することになるのは勿論であるが,派兵された自衛隊員らの生命・身体にも危険が及ぶことは明らかである。

原告らは,このような違憲・違法状態をいち早く解消するためにも,原告らは,今一度,御庁に対し,イラクへの自衛隊派兵行為の違憲確認及び違法性の認定を求めるものである。

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第2 イラクにおける近時の治安状況

以下のように,イラク国内の治安状況は悪化の一途であり,フセイン政権下で押さえ込まれていた宗派間・民族間対立が一気に顕在化,深刻化して,イラク各地で連日,襲撃やテロが頻発している。特にイスラム教シーア派勢力は,配下の民兵組織による他勢力襲撃等の暴走を黙認し,国民融和が一層困難な状況になっている(甲3−188)。

このような状況下で,イラク国内では多数の死傷者が出ており,英米系の非政府組織(NGO)であるイラク・ボディー・カウントによれば,2005年3月20日から2006年3月1日までの約1年間で,イラク国内で戦闘に巻き込まれるなどして死亡した民間人の数は1万2000人以上に達し,イラクで大規模戦闘が終結した2003年5月以来の過去約3年間で最悪のペースとなっている(甲3−182)。

このように,イラクの現状はもはや内戦前夜,見方によっては既に内戦状態であると言っても過言ではない状況となっている(甲3−195,198,199)。
イラク国内で発生したテロ事件等
(末尾の括弧内の数字は,対応する甲3号証(新聞記事)の枝番号である)
 2005年
12月23日 同日付の英紙タイムズは,英軍が,サマワを州都とするムサンナ州等2州で日常パトロールを中止する当撤退に向けて活動態勢を変更したと報じた(146)
27日 米軍がイラク北部の村を爆撃し,イラク人10人を殺害した(147)
30日 サマワで反米指導者サドル師派の礼拝があり,「占領軍」に対し,同派事務所に近寄るなと警告した(148)
2006年 
1月1日〜2日 バグダッドで3時間のうちに計13台の自動車爆弾攻撃があるなど,イラク各地で武装勢力による攻撃が相次ぎ,計27人が死亡した(149)
3日 ジャーナリストの権利を守るために活動する非営利団体「ジャーナリスト保護委員会」は,同日,2005年の1年間で,イラク戦争で死亡したジャーナリストは22人,2003年の開戦からの累計では60人に達し,過去四半世紀の紛争で最もジャーナリストの死亡者の多い戦争となったと発表した(150)
4日 イラク中部バクバ近郊で自爆テロがあり,36人が死亡,40人が負傷した。また,同日,バグダッドでも2件の自動車爆弾で計11人が死亡し,バグダッド北方でも燃料輸送車の車列が襲撃され車両20台が破壊された(151)
5日 イラク各地で自爆テロが続発し,合計110人以上が死亡,100人以上が負傷した
7日 同日深夜,イラク北部で米軍ヘリが墜落し,乗員12人全員が死亡した。また,中西部では,7日及び8日の2日間で武装勢力の攻撃によって米兵計8名が死亡した(153)
16日 バグダッド北方で米軍ヘリが墜落し,乗員二名の安否が不明となった。ロイター通信は,この件につき,武装勢力のロケット弾で撃墜されたとの目撃情報もあると報じた(155)
19日 バグダッド中心部で爆弾テロが相次いで起こり,少なくとも計25人が死亡,36人が負傷した。また,同日,イラク警察は,17日にバグダッド北方で24人が武装勢力に殺害された可能性があるという情報を明らかにした(156)
21日 サマワで英軍とイラク警察が武装勢力と銃撃戦となり,市民1名が死亡した(157)
30日 同日,政府筋が,サマワ駐留陸自が3月中旬から撤退を開始する方針であると明らかにした(159)
2月2日 バグダッドの市場などで2台の車爆弾が爆発,少なくとも10人が死亡,50人以上が負傷した。同日,バグダッド南方で米軍兵士3人が路上爆弾攻撃で死亡するなど,1日で米軍兵士5名が死亡した。また,同日,バグダッド東部で米軍ヘリが銃撃を受けたのに対抗してロケット弾を発射し,20歳のイラク人女性が死亡した(160)
5日 同日付の英紙は,英政府筋の話として,サマワ駐留英軍が5月に撤退完了と報じた(161)
9日 同日,クウェートのテレビが,イラクで拉致された米国人記者の映像を放映した(162)
20日 サマワの陸自宿営地から数キロ離れた地点で爆発音がした (163)
21日 バグダッド南部で車爆弾により市民ら少なくとも22人が死亡,30人が負傷した(164)
22日 中部サマラでイスラム教シーア派の聖地「アスカリ聖廟」が爆破され崩壊した。その後,イラク各地で大規模デモやスンニ派モスクへの襲撃が連発した(165)
23日 前日のシーア派聖廟爆破事件以後,イラク各地で宗派間の争いが多発し,同日までに130人以上が死亡した(166)。このように治安が悪化していることを受けて,23日夜,バグダッド及び近郊3州において24日午後4時まで昼夜問わず外出を禁止する旨の外出禁止令が発令された(168)。
また,同日,サマワの陸自宿営地近くで迫撃砲弾やTNT火薬が「イスラム軍」と記された箱に入っているのが発見されたほか,サマワ中心部の州政府庁舎付近にロケット弾が打ち込まれた(167)
26日 同日朝,サマワのムサンナ州政府庁舎近くにロケット弾が撃ち込まれた(169)。同日,バグダッド南部の人口密集地区で迫撃弾少なくとも11発が撃ち込まれ15人が死亡するなど,各地で銃撃等が連発し,イラク人及び米兵の計29人が死亡した(170)
27日 バグダッドのスンニ派モスク近くで爆弾二個が爆発し,4人が死亡,15人が負傷した(171)。また,同日,米紙ワシントンポスト(電子版)は,22日にイラク中部サマラで発生したシーア派聖廟爆破事件以降の衝突や拉致による死者は1300人以上に上ると報じた(172)
28日 バグダッド北部のシーア派モスクと聖廟で車爆弾による爆発が相次ぎ,24人が死亡,65人が負傷するなど,イラク各地でテロが頻発し,一日で少なくとも68人が死亡した(173,174)
3月1日 バグダッドで少なくとも23人が死亡する車爆弾テロが発生するなど,各地でテロが相次ぎ,少なくとも29人が死亡した(175)
2日 同日,イラク警察幹部は,内務省が拘束した男が,2004年10月にイラクで日本人の幸田証生さんが拉致殺害された事件の実行犯であり,陸自撤退拒否が殺害動機であると自供したと明らかにした(176)
6日 イラク中部バクバで車爆弾により6人が死亡20人が負傷するなど各地でテロや攻撃が相次ぎ,合計14人が死亡した(178)。また,同日夜,サマワ所在の,日本友好協会の元会長の兄弟宅に手投げ弾が投げ込まれた(179)
8日 7日から8日にかけて,バグダッド周辺で,24人の絞殺体及び射殺体が発見された。また,8日,バグダッド及びその近郊で爆弾テロにより計4人が死亡した。さらに,同日,バグダッド東部で武装勢力が警備会社に押し入り,従業員約50人を人質にした(181)
10日 イラク中部ファルージャで自爆テロが発生し11人が死亡したほか,サマラでも2件の車爆弾テロで3名が死亡した(183)
12日 バグダッド北東部サドルシティーの市場2カ所で車爆弾6台による同時テロが発生し46人が死亡,200人以上が負傷した。バグダッドでは同日,この他にも複数のテロがあり少なくとも10人が死亡した(184)
15日 13日から15日にかけて,バグダッドなどで,殺害・遺棄された少なくとも85体の遺体が発見された(185)。また,同日,イラク中部バラド近郊で,米軍が過激はに対する摘発作戦を実行した際,民家にいた子供5人を含む一家11人を殺害したと報じられた(186)
16日 米軍が中部サマラ近郊で大規模作戦を行ない,17日までに武装勢力約50人を拘束した(187,190)。また,バグダッドでは15日から16日にかけて,殺害・遺棄された27体の遺体が発見された(187)
23日 バグダッド中心部の警察施設に車爆弾攻撃があり少なくとも25人が死亡,35人以上が負傷するなど,イラク各地で車爆弾等によるテロや攻撃が相次ぎ,少なくとも56人が死亡した(192)
26日 中部ナジャフでイスラム教シーア派の反米指導者サドル師宅付近に迫撃砲が撃ち込まれ,付近の護衛と子供の2人が負傷した。また,同日,南部バスラの学校前で爆弾が爆発し13歳の少年が死亡したほか,同日までに首を切断された多数の遺体が発見されるなど,新たに53人が死亡した(193)
29日 サマワ中心部の州政府庁舎近くにロケット弾2発が撃ち込まれた(194)
4月6日 中部ナジャフでシーア派聖廟付近での車爆弾攻撃で13人が死亡した(196)
7日 バグダッド北部のシーア派モスクで連続自爆テロがあり,69人が死亡,130人が負傷した(196)
以上のように,イラク(サマワも含む)の治安は悪化の一途をたどっており,武装勢力による米英軍・イラク軍に対する攻撃だけでなく,全国的に宗派間及び民族間の対立で,互いに襲撃・攻撃を繰返すような状況となっている。このようなイラクの現状は,単にテロが頻発しているというような状況ではなく,むしろ内戦状態にあると評価することが妥当である。

このようなイラクの現状に鑑み,我が国政府が現在そうしているようにサマワを安易に「非戦闘地域」と判断してよいのか,それとも,もはや「戦闘地域」と判断することが妥当なのか,場合によっては現地に赴いて検証する等の方策を講じつつ,慎重に判断すべきである。

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第3 司法権と戦争との関係について

1 はじめに

被告が自衛隊をイラクに派遣したのは,イラク特措法を口実にしているが,その目的は,次に述べるわが国の憲法の関係条文を改正し,わが国を「戦争の出来る国にすること」にある。現在,イラクは内戦状態にあり,イラクへの自衛隊派遣が憲法9条に反することはもちろん,イラク特措法にも反することがますます明らかになったものである。

そもそも憲法は,憲法前文,9条のみでなく,18条や76条などを通じ,戦争放棄を厳格に規定している。

特に,自衛隊が海外で戦争をするには,軍法会議などが必要であることは論を待たない。日本国憲法76条1項が,司法権が最高裁判所に属することを明らかにしたのは,戦前の経験から,戦争を防ぐために設けた規定でもあることは明らかである。

いま,政府が自衛隊をあくまでもイラクに派兵し続けるのは,わが国
を「戦争を出来る国」にする目的のためであり,それ自体が憲法,及びイラク特措法に反して,違憲・違法といわざるを得ないものである。

2 憲法における戦争禁止条項
(1)憲法前文
日本国憲法の前文の一段は,まず,日本国民は「われらとわれらの子孫のために,諸国民との協調による成果と,わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し,政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し,・・・この憲法を確定する」と宣言している。

そして,第二段は,「日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって,平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と宣言する。

さらに,第三段は,「いづれの国家も,自国のみに専念して他国を無視してはならないのであって,政治道徳の法則は,普遍的なものであり,この法則に従うことは,自国の主権を維持し,他国との対等関係に立とうとする各国の責務であると信じる」と宣言する。

要するに,日本国憲法は,第一段で,平和主義の確立が憲法制定の動機であり,平和主義と国民主権主義が不可分の関係にあることを宣言した上で,第二段で,諸国民の公正と信義に信頼して平和主義を実現する立場,その中心となるものが平和的生存権であることを確認し,第三段で,世界に対して平和主義の重要性を訴えている。

私たちは,前文で掲げられている平和的生存権が全世界の国民が有することを確認するが,日本国憲法はなによりも日本国民がこの平和的生存権を有することを確認している。

すなわち,憲法は,平和的生存権を前文で,あるいは憲法13条を通じて具体的権利として認めているものである。

(2)憲法9条(永久平和主義)
憲法9条1項
憲法9条1項は,@国権の発動たる戦争,A武力による威嚇,およびB武力の行使の3つを「放棄」の対象にあげている。したがって,この条項で,国際法上の戦争はもとより,戦争に至らない実質上の戦争行為や武力行使をほのめかして相手国を威嚇する行為の全てが,広く禁止しているものである。

憲法前文は,「諸国民との協調」「諸国民の公正と信義に信頼」することを前提にしているのであり,「国際紛争を解決する手段として」として上記@・A・Bのいずれも放棄しているものである。

したがって,イラクにおいて,日本政府が自らは武力を行使しなくても,米英軍の武力行使に共同して行動したのであれば,本規定に反することは明らかである。米軍のなかで食事を提供する輜重部隊が直接戦闘に参加しないからといって,米軍として組織的に戦争行為に加担していないということはありえないからである。

憲法9条2項
@ 9条2項前段は,「前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない」と規定する。この規定により,日本国が戦力を持つことは禁じられることになる。
「なお,戦力の不保持の主体は日本国であるから,日本国民が個人として外国軍隊に参加することは問題とならない。もっとも,日本政府が外国軍隊のために義勇兵の募集を行ったり,戦争に参加する個人に対して旅券を発給することは,憲法の平和主義に反する行為として違憲の疑いがある」(「憲法第3版」弘文堂 伊藤正己176頁)。
したがって,日本政府が,米英軍とともにイラクで武力を行使することに協力することも,この規定に反するものである。

A 憲法9条2項後段は「国の交戦権は,これを認めない」と規定する。憲法は,1項が戦争をすべて禁止し,2項ではそのことを従来交戦国として国際法上認められていた諸権利と捉えて,これらを一切放棄したものである。
 したがって,憲法9条1項,2項前段に反するかどうかは別にして自衛隊が,イラクにおいて交戦権を行使することは当然できないものである。


自衛隊と憲法
@ 2002年度の主要5カ国の国防費は次のとおりである(平成16年度防衛白書99頁;記載順序は入れ替えている)。
     国防費(百万$) 一人当り($) 対GDP比率(%) 
米  国  331,951      1,161      3.2
英  国   41,521      698       2.6
日  本   33,832      265       0.995
フランス   31,255      525       1.9
  ドイツ   24,606      300       1.1
上記からも明らかなように,自衛隊をどのように呼ぶかは別にして,その実態が軍隊であることは明らかである。
A 憲法9条と政府見解
政府見解は,「もとより,わが国が独立国である以上,この規定(憲法9条)は,主権国家としての固有の自衛権を否定するものではない」(平成16年防衛白書78頁最後の2行)

しかし,この立場に立っても,問題は,自衛権を行使するためにとられる防衛の手段内容にある。

政府見解は「わが国が憲法上保持しえる自衛力は,自衛のための必要最小限度のものでなければならない」として,自衛隊はこれに当たらないとする。

しかし,このような見解は,憲法を強引に解釈して事実上「改憲」をしている解釈に過ぎない。もっとも,政府も現時点では,次のAないしDの見解にたっている(平成16年度防衛白書78ないし80頁)。
A  自衛権発動の要件
@ わが国対する急迫不正の侵害があること
A この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと
B 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
B  自衛権を行使できる地理的限界
武力行使の目的を持って武装した部隊を他国の領土,領海,領空に派遣するいわゆる海外派兵は,一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであり,憲法上許されない。
C  集団的自衛権
わが国は,主権国家である以上,当然に集団的自衛権を有しているが,これを行使して,わが国が直接攻撃されていないにもかかわらず他国に加えられた武力攻撃を実力で阻止することは,憲法9条の下で許容される実力の行使の範囲を超えるものであり,許されない。

D 交戦権
憲法9条2項の交戦権は,交戦国が国際法上有する諸々の権利の総称であって,相手国兵力の殺傷と破壊,相手国の領土の占領などの権能を含む。

一方,自衛権の行使に当たっては,わが国を防衛するために必要最小限度の実力を行使することは当然のこととして認められており,例えば,わが国が自衛権の行使として相手国兵力の殺傷と破壊を行う場合,外見上は同じ殺傷と破壊であっても,それは交戦権の行使とは別の観念のものである。

ただし,相手国の領土の占領などは必要最小限度を超えるものと考えられるので,認められない。

アメリカのイラク侵略との関係
以上述べたように,憲法の立場からすれば当然として,仮に政府の見解にたっても,わが国が,アメリカのようにアフガニスタンやイラクに行っている武力行使を行うことは憲法上絶対に許されることではない。ましておや,内戦状態のイラクに自衛隊を派遣することは内戦においてはイラクにおける正統な政府が存在しないことを意味するのであるから,イラク特措法自体にも違反するものであることは明々白々である。

そして,アメリカの武力攻撃に共同していると看做される行為も当然憲法違反である。わが国がイラクから撤退しないのはアメリカが撤退しないとしているからに過ぎず,そのことからも自衛隊が米軍と共同行動していることは明らかであり,まさに自衛隊のイラク派遣は外国であるイラクにおいて集団的自衛権を行使しているものであり,憲法9条に反することはあまりにも明らかである。

(3)憲法18条(人身の自由)
憲法18条は,前段で「何人も,いかなる奴隷的拘束を受けない」とし,後段で「又,犯罪による処罰の場合を除いて,その意に反する苦役には服させられない」と規定しうる。

そこで,明治憲法下において定められた国家総動員法による国民徴用制度は憲法18条に反するし,徴兵制は,憲法9条のもとで設けることができないが,人権保障との関係では,兵役の義務が意に反する苦役にあたり,憲法18条に反する(「憲法第3版」弘文堂 伊藤正己著332頁)。

もっとも,わが国を「戦争を出来る国」にすることを徹底するには,徴兵制をしくことが必要である。これは将来の射程距離としては有りうるが,後に述べるように現時点での憲法改正の課題となっているわけではない。

(4)憲法76条(司法権)
憲法76条第1項は,「すべて司法権は,最高裁判所および法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」とし,同第2項で「特別裁判所は,これを設置することができない。行政機関は,終審として裁判を行うことができない」と規定する。

特別裁判所とは,特殊な人または事件について裁判をする裁判所であって,一般的な司法権を行う通常裁判所の系列の外に置かれるものをいう。明治憲法60条は,「特別裁判所ノ管轄ニ属スベキモノハ別ニ法律ヲ以て之ヲ定ム」と定め,特別裁判所を認めていた。行政裁判所や軍法会議はその代表例である。

憲法が特別裁判所の設置を禁じている趣旨は,「司法権は司法裁判所に統一的に所属するという原則を徹底させるとともに,全ての国民に裁判の平等を保障することにある」(「日本国憲法概説」全訂第5版 学陽社 佐藤功著467頁)。これは,憲法14条が法の下の平等を定めているところからも位置づけることができる。

憲法82条1項は,「裁判の対審及び判決は,公開法定でこれを行う」とし,第2項で「裁判所が,裁判官の全員一致で,公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には,対審はこれを公開しないで行うことができる」と定めている。

しかし,憲法82条2項但書は,@政治犯罪,A出版に関する犯罪,およびB憲法第三章で保障する国民の権利が問題となっている事件については絶対的に公開されることとしている。

そして,憲法76条3項は「全て裁判官は,その良心に従い独立してその職権を行い,この憲法及び法律のみに拘束される」と規定する。

国民は平等にこうした裁判を受ける権利を有するものである。

例えば,自衛隊のイラク派遣,イラク駐留に関し,自衛隊が自衛隊員に対して行った人権侵害などについては,当然わが国の裁判所がこれを裁判することになる。
さらに,刑法第3条は国民の国外犯を規定し,建造物放火・その未遂,現住建造物等浸害,文書偽造等,強制猥褻及び強姦と重婚・その未遂,殺人・その未遂,傷害・傷害致死,堕胎,保護責任者遺棄等,逮捕及び監禁等,誘拐,名誉毀損,窃盗及び不動産侵奪と強盗・その未遂,詐欺及び恐喝等・その未遂を列挙する。
したがって,自衛隊および自衛隊員がイラクにおいてイラク人などに対して上記に列記する犯罪を犯せば,当然わが国の裁判所で裁かれることとなる。そして,その前提として,検察官が当然これを捜査し,起訴する権限を持つものである。

憲法が平和主義を掲げている現実的な意味は,まさにこうしたところに存するのである。


3 自民党の憲法草案と問題点
(1)自民党の憲法草案の「軍事裁判所」について
2005年11月22日,自由民主党は結党50周年記念大会で「新憲法草案」を発表した。この草案が,憲法9条2項を削除し,新たに9条の2(自衛軍)を新設している。要するに,これにより自衛軍の名による軍隊を持ち,わが国を「戦争をする普通の国」にするものである。

先に述べたように,政府は自衛隊が自衛の目的での戦闘行為をすることを認めているが,相手国の占領行為は認めていない。また,政府は集団的自衛権があることは認めているが,同盟国に加えられた攻撃に反撃することは憲法9条で認められていないとする。そこで,自衛戦争の名の下での戦争をするための自衛軍すなわち軍隊を持とうとするのが今回の「改憲」案である。

ちなみに,戦争をする軍隊は国民に不人気な戦争をしようと思えば志願制では足りず徴兵制度が必要となるが,今回はそこまでの明確な提案はしていない。

ところで,自衛軍が海外で軍事行動をするためには,国民の目から軍事行動をそらし,裁判所の介入を何とか排除し,独自に自己完結する法制度をもつことが必要にして不可欠である。それが軍法会議である。

自由民主党の憲法草案は憲法76条に第3項を設け,「軍事に関する判を行うため,法律の定めるところにより,下級裁判所として,軍事裁判所を設置する」と軍法会議への道を提起している。

(2)自民党案の問題点
ア 戦前の軍法会議の実態
戦争中の1945年6月,フィリピンのルソン島バギオ北東のカヤバ島インチカク付近の山中をさまよっていた兵隊たちに,第23師団(旭兵団)の師団参謀児玉泰象少佐が出会い「俺は旭の師団参謀だ。退却するんでない。退却すると軍法会議だぞ」と叫ぶと,兵隊たちは道をあけ,声もなく立ちつくした,という(「現代軍事法廷の研究―脱軍事化への道程」日本評論社 水島朝穂著)。まさに,軍法会議の持つ威嚇力である。

1936年2月26日のいわゆる2・26事件では緊急勅令で「東京陸軍軍法会議」を設置し,非公開,弁護人なし,一審限りで上訴なしの裁判であった。反乱の中枢とされた23人の将校グループは全員有罪,16名死刑,民間人である西田税,北一輝も死刑。結局事件に関与したとされる1483人中,123名が起訴され,うち有罪が101名。

この事件が,まさに軍法会議の威嚇力を造ったのである。

1933年,呉軍港内の戦艦長門などで反戦の新聞「聳えるマスト」を配布するなどした水兵も,軍法会議にかけられ,治安維持法違反で懲役刑を課されている。

イ 軍法会議とは
軍事裁判所を軍法会議とし,軍人(将校ら)が裁判官となり,原則として軍人および軍属,軍事用船員らを対象とするか,民間人も対象にするか,公開裁判をするかどうか,上訴は最高裁に限られるのかなどのほかに,どのような行為を対象にするのか,などの問題がある。

現在の自衛隊法では,防衛出動命令を受けた者でストライキやサボタージュをした者(64条2項,123条1号)などは7年以下の懲役又は禁固に処せられる。ちなみに,戦前の軍刑法は「敵前」で「上官の命令に反抗し又は之に服従せざる者」は「死刑又は無期,もしくは10年以上の禁固」という重罰であった。

民間人についても,例えば,自衛隊法に「防衛秘密を取り扱うことを業務」とする民間人が秘密を漏らした場合は5年以下の懲役となっている(122条)ことを軍法会議の対象にするか,軍人の犯罪に民間人が共犯となった場合(民間人が独自に自衛隊基地前で出兵拒否を訴える宣伝・抗議活動などで軍人が教唆犯として対象にされているなど)はどうなるか,という問題が起こる。
要するに,軍法会議は,軍人などに限定されるというだけでなく,人権は手続きも含めて著しく侵害される可能性があるのである。

したがって,司法権そのものも変質させられるものとなるであろう。

(3)自民党案と自衛隊のイラク派遣
自衛隊をイラクに派遣した政府は,自民党と公明党の連立政府である。そして,2005年9月11日の総選挙で自民党は衆議院選挙において圧勝し,憲法改正は現実的課題となっている。すなわち,現在の政府は自民党の憲法改正という政策目標を実現する形で動いているといわざるを得ない。

しかしながら,自衛隊のイラク派遣は,少なくとも憲法はもちろんイラク特措法に従わなければなければならないことは当然である。


4 イラク派兵と「戦争をする国」つくり
(1)イラク戦争の現実

 ア イラク戦争に大義はない。
2003年3月20日,アメリカはイギリスなどと共にイラクに対し米軍24万人,英軍2万6千人という大軍を展開して,先制攻撃・侵略戦争を開始した。

この戦争の「大義」すなわち目的は,イラクによる大量破壊兵器の製造,保有,隠匿および,これを使用する「さし迫った攻撃の危険」があるというものであった。しかし,アメリカ中央情報局(CIA)デュエルファー報告(2004年9月30日)は「なにもなく,もともとなかった」
して,2005年9月9日コリン・パウエル米国務長官はABCテレビのインタビュで,2005年12月15日朝日夕刊でブッシュ米大統領は「(イラクが大量破壊兵器を保有するという)機密情報の大半は結果的には間違っていた」と認めている。したがって,戦争を始めたアメリカからして
も,イラク戦争を起こした目的がないことは十分に認識しているところである。

イ イラク戦争は国連とは関係のない侵略戦争である。
米英軍のイラク先制攻撃に賛成した国は191国(62億人)中49カ国(12億人)に過ぎず,結局,国連軍ではなく有志連合ということで実際に派兵したのは,日本も含めて38カ国にすぎない。2006年1月現在で,11カ国が撤退を完了し,オランダが撤兵を開始し,撤退を予定・検討している国が5カ国で残りは20カ国で,韓国などは大幅に部隊を削減している。
要するに,自衛隊のイラク派遣は,アメリカを盟主とする集団的自衛権の問題に過ぎない。

ウ イラク戦争は不正義の戦争でしかない。
イラク戦争は,大義がないばかりか,アメリカによる石油支配という動機,劣化ウラン弾の使用,「不法戦闘要員」だとして拉致し,秘密の収用所に閉じ込め,迫害を加え,ファルージャの虐殺を始め,動機・目的・手段・どれひとつとっても汚れきった戦争である。

しかも,イラクでは,現在も戦闘が続き,イラク人の死者は控えめの計算でも2万8千人を超え(2005年2月現在),2006年1月段階での米軍の死者は2200人で,負傷者はこの何倍にも上り,米退役軍人省によれば帰還後受診12万人のうち心的外傷ストレス障害(PTSD)は1万9千人と報道されている。

エ 内乱になっているイラク
その上,イラクでは2005年12月に政権樹立に向けての選挙が行われたにもかかわらず,シーア派とスンニ派などとの間の内乱の様相を帯びており,ますます事態は深刻である。こうした中で,イギリスすら撤兵を検討しているという報道も行われている。

まさに,現在のイラクには正統政府はなく,イラク特措法により自衛隊の派遣を合法化するいかなる根拠も存在しない。

オ アメリカのイラク戦争に対する国際世論
イラク侵略が始まろうとする2003年2月15日,全世界で1500万人に上る人たちが反戦デモ・集会に参加した。2005年9月24日にはアメリカ・ホワイトハウス前の反戦デモ・集会には30万人が参加し,息子をイラクで失ったシンディ・シーハンも加わっている。

さらに,スペインでは2004年3月11日の無差別テロで死者200人,負傷者1500人の惨事が起こり,翌12日1000万人を超える抗議デモが起こっている。こうして,スペインは政権が交代し,イラクから撤兵した。

今や,アメリカのイラク侵略戦争継続を積極的に言い続けているのは,アメリカのブッシュ政権だけといっても過言ではない。

(2)「戦争をする国」つくり
こうした事態にもかかわらず,現在に至るまで,政府は,イラクから自衛隊を撤兵しようとはしていない。

もともと,わが国では,イラクへの自衛隊派遣には「一国平和主義は通用しない」「国連中心主義でいくのだ」という宣伝が行われていた。そうした宣伝が一定の支持を受けるなかで,政府は自衛隊のイラク派遣を行った。しかしながら,今,イラクの現実は国連とは関係のないブッシュの汚い戦争が行われているにすぎないことが明白となった。

イラクで行われていることは,政府の言い分によっても,自衛隊でなければ出来ないことではない。しかも,その自衛隊ですら,戦闘地域において他国の軍隊に守られながら任務を遂行しているというのである。しかも,自衛隊の任務もほぼ終了しているにもかかわらず,居座っている自衛隊に対する攻撃と目される事実も次々と明らかになっている。

憲法に関する政府の見解は,憲法9条2項があるので,戦争が出来ないことを認めている。政権政党の自民党はこの憲法9条2項を改正する案を提案し,同時に軍事裁判所の設置を求めているのである。これはまさにわが国をして「戦争を出来る国」に変えるための動きでしかない。

こうした目的のための自衛隊のイラク派遣は,そのこと自体で憲法9条に反し,かつイラク特措法にも反するものである。

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第4 イラク派兵行為が原告らの人格権を侵害すること


1 人格権侵害について
本件で原告らは,イラクへの自衛隊派兵行為が,原告らの人格権を侵害したことを主張している。すなわち,人格権は,後述するように判例上,差し止め訴訟,損害賠償訴訟との関係で,被侵害利益として,その法的権利性が肯定されている。

すなわち,判例は,人間の精神的属性に関する人格権を精神的人格権として肯定してきたものである。本件訴訟において,原告らが主張している被侵害利益は,「戦争や武力行使をしない日本に生存する権利」としての精神的人格権であり,これが侵害されたことに基づいても,派兵行為の差し止め及び損害賠償を請求しているものである。

人格権は物権と同様,排他性を有する絶対的権利であり,その侵害に対して,妨害予防または妨害排除(差止め)請求が可能なものである。そして,このような性質を有する人格権の侵害が起きたからこそ,その事後的な権利回復として,損害賠償が認められてきたものである。

さらに原告らは,以下に述べるような,憲法保障機能との関係でも,人格権を裁判規範性のある法的権利として承認すべきことを主張するものである。

2 憲法保障機能としての違憲審査権

(1)具体的違憲審査権
周知のとおり,憲法81条は司法権に違憲審査権を認めるものであるが,従来の判例上,我が国における違憲審査権は,当該訴訟において,具体的権利侵害がなければ違憲審査をすることができない,いわゆる具体的(付随制)違憲審査権であるとされてきた。

そして,この付随的違憲審査制であることからの帰結として,裁判所は,憲法問題が記録によって適切に提起されていても,事件を処理することができる他の理由が存在する場合には,その憲法問題に判断は下さない,という憲法判断回避の原則が導かれるとされている。

しかし,この違憲審査権は,そもそも,我が国において現実に生ずる様々な事象が,憲法規範の枠外に流れてしまうことを防止し,憲法規範と合致した状況にあり続けることを担保するための機能,すなわち憲法保障機能を有する制度として存在しているものである。

にもかかわらず,憲法判断回避の原則を形式的に適用するとき,本件に即せば,イラク特措法が制定され,これに基づき現実にイラク派兵という国家行為がされた場合に,原告一人一人の権利侵害がなければ違憲審査をすべきではない,ということに帰結することになる。

(2)イラク派兵行為が憲法施行以来の最大の違憲行為であること
しかし,現在我が国で生じているイラク派兵行為は,昭和22年5月3日に施行された日本国憲法始まって以来,最大の憲法違反行為であることは,これまでの準備書面で述べてきたところである。加えて,とりわけ第2準備書面でも述べたとおり,現在されているイラク派兵行為は,イラク特措法にも明らかに反する行為である。

我が国の違憲審査権は,このような事態にでも,何ら無力な権利であることを,司法権,すなわち御庁は認めるものであろうか。

司法権の役割は,まさに,今発揮されなければ,いつ発揮されるというのか。戦後,我が国の自衛権概念は,個別的自衛権のみを認め,いわゆる海外派兵は,集団的自衛権の行使との区別が付かないことから,憲法違反であるとの批判に耐えられないことを理由に,大きな障壁とされてきた。

しかし,現在の状況は,これまで積み重ねられてきた憲法上の議論を一顧だにせず,海外派兵に踏み切り,従来の議論を一切無視した形で,海外派兵の事実のみが憲法の枠外で一人歩きしている状況である。

すなわち,我が国のイラク派兵の現状は,日本国憲法始まって以来の最大の違憲状態であり,かつ,立法府及び行政府においては,それについての是正機能が一切機能していないのである。

憲法81条に定める違憲審査権が,このような,なし崩し的状態により,一歩一歩,憲法の求める社会の在り方が破壊されていくのを,事後的に憲法の予定する事実状態に修正するための制度であることは,憲法を学んだ者であれば誰もが知るところであるが,日本国憲法始まって以来の違憲状態においても,これが機能しないという結論は,まさに机上の論理というべきものである。

司法が国民の信頼を確保するためには,このような状況においてこそ,司法権による憲法保障機能を起動させるべきなのである。

(3)靖国訴訟における憲法保障機能の明示
このように考えると,憲法判断回避の原則も,必ずしも絶対的な原則ではなく,事件の重大性,違憲状態の程度,その及ぼす影響の範囲,事件で問題にされている権利の性質,憲法判断を行った場合の判決の効果などを考慮した上で,憲法保障機能という観点から十分な理由がある場合には,憲法判断に踏み込むことが要請されるというべきである。

このような意味において,憲法保障機能を全うした近時の例として,内閣総理大臣である小泉純一郎の靖国神社への参拝行為の違憲性が問われた,いわゆる靖国訴訟大阪高裁判決がある(平成17年9月30日大阪高判,平成16年(ネ)第1888号損害賠償請求控訴事件)。

すなわち,同判決は,一審原告を敗訴させたものの,参拝行為の違憲性につき,参拝行為を内閣総理大臣の職務行為としてされたものと認定した上で,参拝は,客観的に見て極めて宗教的意義の深い行為と認め,国内外の強い批判にもかかわらず参拝を継続しており参拝実施の意思は強固だったとして,「国は靖国神社と意識的に強い関わり合いを持った」と指摘し,「国と靖国神社との関わり合いが,我が国の社会的・文化的諸条件に照らして相当とされる限度を超える」として,参拝行為が憲法20条第3項が禁止する宗教的活動に当たるとして,明確に違憲判断をしたものである。

このように,憲法判断回避の原則は,判例実務上も,絶対的な原則ではなく,違憲審査制の憲法保障機能に照らし,靖国参拝問題という極めて重大な問題においては,憲法判断に踏み込むことが要請されるのである。

(4)憲法保障機能と本件訴訟における人格権
そうだとして,具体的(付随的)違憲審査制を採用するとされる我が国の違憲審査制においては,具体的権利侵害があれば違憲審査を行うべきが原則的になる。

そして,具体的権利侵害が存するか否かについては,原告らが「戦争及び武力の行使をしない日本に生存する権利」を害されたか否かの問題に帰結するものである。そして,この権利は,そのような利益を主張する者の立場,国家のイラク派兵行為による影響の程度,侵害の態様いかんにより,単なる不快感,嫌悪感等の域を超え,個々人の具体的な利益を侵害されたと認められる場合には,具体的権利侵害による不法行為が成立しうるものであることは,内閣総理大臣小泉純一郎の靖国参拝違憲福岡訴訟の第一審判決である平成16年4月7日福岡地方裁判所判決32頁(平成13年(ワ)第3932号損害賠償請求事件)の述べるところと同様の趣旨である。

したがって,司法の憲法保障機能を全うするためには,上記に述べるような権利侵害が,個々の原告との関係で生じたか否かを検討することが重要になるものであり,これとイラク派兵行為の違憲性及び違法性とを両輪として審理判断すべきである。

本件訴訟と同様の訴訟である大阪地方裁判所平成16年(ワ)第5155号等の事件においては,既に原告らの本人尋問が執り行われているが,これも,そのような趣旨で理解されるべきものである。

3 人格権が判例上,一般的に肯定されてきていること
我が国においては,以下に述べるとおり,判例上,一般的に人格権の概念が肯定されている。

すなわち,「宴のあと」事件判決(東京地判昭和39・9・28)は,憲法の基本原理の一つである個人の尊厳の思想からは,不法な侵害に対して法的救済が与えられるまでに高められた人格的な利益であると考えるのが正当であり,それはいわゆる人格権に包摂されるものである,と述べ,人格権という権利を明確に認めた。

また,大阪国際空港事件第一審・第二審判決(大阪地判昭和49・2・27,大阪高判昭和50・11・29)は,人格権侵害を根拠に差止め請求権を認めるに至った。

さらに,最高裁判所も,「北方ジャーナル」事件最高裁判決(最大判昭和60・6・11)において,人格権概念を正面から認めるに至った。その後,エホバの証人輸血拒否事件最高裁判決(最判平成12年・2・29)においても,自己決定権を人格権に含めることを明確にした。

このように,現時点において,判例実務上,人格権の概念は,一般に肯定されたものといえる。

4 原告らに「戦争及び武力を行使しない日本に生存する権利」の侵害があること
本件においても,原告らに「戦争及び武力行使をしない日本に生存する権利」としての人格権侵害がある,と原告は主張している。

上記でも述べたが,人格権侵害につき述べた近時の裁判例である,内閣総理大臣小泉純一郎の靖国参拝の違憲性を問うた靖国参拝違憲福岡訴訟の第一審判決である平成16年4月7日福岡地方裁判所判決32頁(福岡地方裁判所平成13年(ワ)第3932号損害賠償請求事件)は,「人格的な利益は,・・・そのような利益を主張する者の立場,当該宗教活動による影響の程度,侵害の態様いかんにより,単なる不快感,嫌悪感等の域を超え,個々人の具体的な利益を侵害されたと認められる場合には,具体的権利侵害による不法行為が成立し」うるものであると述べる。

これを前提とすると,本件原告らの個々の立場,イラク派兵行為による影響の程度,侵害の態様いかんによって,それが,単なる不快感,嫌悪感等の域を超え,個々人の具体的な利益を侵害されたものと評価できる場合は,人格権侵害が認められるのである。

原告らは,追って,原告ら個々人の本件イラク派兵行為との具体的な行為との関わり合いを主張するものであるが,その中で,原告らに人格権侵害があることを明らかにしていく。

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第5 裁判を受ける権利との関係

被告は,本件訴訟に関して,法律上の争訟の要件を欠くとして原告らの主張に対して,正面から答えようとしていない。そこで,法律上の争訟をどのように解すべきであるかを主張することにする。

1 法律上の争訟(裁判所法3条1項)
裁判所法3条1項は,「裁判所は,日本国憲法に特別の定めのある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し,その他法律において特に定める権限を有する」として,一定の例外的場合を除いて,裁判所の権限を「法律上の争訟」の裁判に限定している。これが一般に事件性あるいは争訟性の要件であり,訴訟全般にの基本的な要件として,憲法の定める司法権の概念の本質的要素をなすものと一般に考えられている。

したがって,「法律上の争訟」の裁判こそ裁判所の本来の権限であり,裁判所のそれ以外の権限は「法律により特に定められた権限」ということになる。
そして,「法律上の争訟」とは,一般に,@当事者間の具体的権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること,A法令の適用によって終局的に解決することができるものとされていることは被告主張の通りである。

2 日本国憲法と「法律上の争訟」
(1) 憲法32条は,国民の基本的人権として「裁判を受ける権利」を定めている。

この「裁判を受ける権利」の法的性格については,憲法学説においてもさまざまな見解があり,また,その具体的内容も,必ずしも一義的な解釈ではないが,少なくとも,「裁判」が「司法」概念と同様に「法律上の争訟」と密接に関わっていることは明らかである。そして,一連のものであると理解すべきである。
(2) ところで,裁判所法上の概念である「法律上の争訟」の内容は,上位法である憲法における「司法権」および「裁判」の位置づけを踏まえて解釈されるべきである。すなわち,「法律上の争訟」の解釈については,憲法上「司法権」に課せられた使命(裁判を通じた国民の権利救済,法令の違憲審査,行政活動の裁判的統制など)を充分に果たしうるだけのものでなければならず,また国民の「裁判を受ける権利」の保障をできるだけ実効的なものにするものでなければならない。もし,このような憲法の視点を離れて,「法律上の争訟」をもっぱら法技術的な立場で解釈することによって,結果的に憲法上の「司法権」や「裁判」の概念を狭めてしまえば,それは本末転倒である。その意味で,争訟性の要件は憲法の観点から柔軟に解すべきなのである。

3 平和的生存権が具体的権利ではないのか
被告は,平和的生存権は,その概念そのものが抽象的かつ不明確であり,具体的権利内容,根拠規定,主体,成立要件,法律効果等が一義性に欠け,その外延を画することのできないあいまいなものであり具体的権利性はないと主張する。
(1) 抽象的・不明確であると言う点に関しては,たしかに「平和」という概念自体は抽象的といえるかもしれない。しかし憲法前文2段は,「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意し」,「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と,平和の概念を明確にしている。

さらに憲法9条1項は,「国権の発動たる戦争と,武力による威嚇,又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する」と明記し,同2項は,〈前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない〉と,多義的な解釈を許さない一義的な規定になっている。〈前項の目的〉には自衛のための武力行使が含まれないという見解があり,これは憲法制定過程における国会論議から,とうてい肯定できないが,9条は国際紛争を解決する手段として,「国権の発動
たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は」永久に放棄したのであり,この点については疑問の余地を全く残さない。つまり日本国憲法は,あくまでも〈武力によらない平和〉を原理としているのであって,それは決して抽象的ではなく,いささかも不明確ではないばかりか,平和を実現する手段・方法も一義的であって,諸国民と信頼関係を築き,外交的努力を通じ平和を保持しようとするものである。

(2) 具体的権利内容および法律効果については,憲法前文が9条と結合し,13条によって具体的な人権として保障される平和的生存権の内容は,〈戦争の脅威と軍隊の強制から免れて,平和のうちに諸々の人権を享受する権利〉であり,他国および日本の武力による威嚇や武力行使を受けることなく,〈全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利?および?すべての人の個人の尊厳が侵されず,生命・自由・幸福追求の権利が侵害されない権利〉である。もっと単純化していえば,〈武力によって殺されたり,殺したりしない権利およびその恐怖から免れ平和のうちに人権を享受する権利〉ともいえる。これは原告の人格的生存に不可欠な根源的基本権である。

武力による威嚇や武力行使は,他国の武力はもちろん,日本の武力による直接的なものだけでなく,米軍支援による間接的なものも含まれることはいうまでもない。13条には,戦争によって直接的または間接的にプライバシーや名誉が侵害されず環境が破壊されない権利などが含まれるが,18条の「苦役からの自由」,19条の「思想良心の自由」,20条の「信教の自由」,21条の「集会・結社・表現の自由,検閲の禁止,通信の秘密」,22条の「居住・移転・職業選択の自由,外国移住・国籍離脱の自由」,23条の「学問の自由」,25条の「生存権・国の生存権保障義務」,26条の「教育を受ける権利」,27条の「勤労の権利・義務,勤労条件の基準」,28条の「勤労者の団結権・団体交渉権その他団体行動権」,29条の「財産権」,31条の「法定手続の保障」もすべて生命・自由・幸福追求の権利の内容をなすものであり,これらの権利の侵害は,平和的生存権の侵害にもなる。

被告は平和的生存権の法律効果が一義性に欠けると主張するが,上記具体的内容をもつ権利なので,法律効果は明確である。

(3)

享有主体および原告適格について
憲法前文は,上記のような平和的生存権を,〈全世界の国民〉が有していることを明らかにしている。憲法13条は〈すべて国民は〉とし,享有主体が国民に限定されているような表現になっているが,憲法上の人権は,たとえ〈国民〉と規定されていても,外国人を含むことは通説となっている。また人権の享有主体は個人であるとするのが通説であるから,外国人を含むすべての個人が平和的生存権の享有主体というべきである。したがって,イラクの市民がかりに自衛隊の武力行使によって負傷した場合,そのイラク市民が日本政府に対し補償を求めるほか,日本の裁判所に国に対する損害賠償請求の訴えを提起できるものであり,これを否定する根拠はない。

では,原告らのように,武力による直接の被害を受けていない国民に原告適格はないといえるのだろうか。

被告は,自衛隊のイラク派兵は原告に向けられたものではないから,原告の具体的な権利義務に対し何らの影響を及ぼさないとして,〈法律上の争訟性〉ないし原告適格がないと主張している。

しかし,基地騒音などは,住民に向けられたものでなくても被害を受ける者はその被害に対し損害賠償の請求ができる。そもそも不法行為の成立要件は,故意だけでなく過失によるものも含むのであるから,原告に向けられたか否かによって損害賠償請求権や差止め請求権が否定されるいわれは全くない。問題は被害があるか否かであり,被害を受けた者はすべて原告適格を有するのである。〈争訟性〉が広く解釈されるようになったことについてはすでに述べたとおりであり,自衛隊のイラク派兵によって被害を受けた者がその被害による損害賠償を請求し,差止め請求することは,まさに法律上の争訟である。またこれに対し裁判所が損害賠償を認め,差止めを命ずれば,原告の被害はその限度で回復するのであり,争訟性を否定することはできない。とくに本件自衛隊派兵による原告の被害は重大かつ深刻であり,違憲状態の横行は目を覆うばかりの惨状なのであるから,原告の具体的人権の保障を通じ,憲法秩序そのものを保障することが違憲審査権を有する裁判所の高度な責務である。

(4)
成立要件と外延
原告の損害賠償請求権の成立要件は自衛隊のイラク派兵によって原告が被害を受けたことであり,差止めの請求権の成立要件は,これを放置することにより将来回復不可能な損害が生じる危険が高くなっていることである。

外延についていえば,基本権は時代と共に生成発展するものであり,その外延は立法および判例によって変化する。平和的生存権も時代によって武力行使の方法も変化し,外延も変わる場合があり,また国際法の発展によっても外延が拡大する可能性がある。したがって平和的生存権についてのみ外延が一義的でないとして権利性を否定することはできない。外延がどこまでであるか確定しなくても,原告の被害が認められれば,憲法上の保護がなされなければならないのである。

4 法律上の争訟性を欠いているか
被告は平和的生存権は,国民個々人に保障された具体的権利ということはできないから,被告との間で具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争が起こりえない。本件訴訟は原告ら自身の主観的利益に直接関わらない事柄に関し,一般的な資格・地位をもって請求するものであり,私人としての原告らと被告の間に利害の対立紛争が現存し,その司法的解決のために本件を提起したものではないとする。

しかし,これまでも主張しているように平和的生存権は具体的な権利といえるものであるし,また原告らが訴えているのは主観的利益に関わるものである。

5 確認の利益
被告は自衛隊イラク派遣計画により原告らにおいて何らかの具体的な権利侵害を被ったのであれば,端的に損害賠償訴訟求めれば足りるのであって,迂遠であると主張する。

しかし,平和的生存権に派生する権利としての具体的な訴訟上の請求権の内容として最も有効かつ適切なものが,違憲ないし違法確認請求権なのである。

憲法が予定する平和の秩序が,再び政府の行為によって完全な崩壊に至るには,無数の違憲・違法行為の積み重ねによるのである。ひとつの違憲・違法行為に次の違憲・違法行為が積み重なり,次々と違憲・違法の行為が累積して,ついには戦争の惨禍に至るものであることは歴史が教えるところである。

ひとつの違法を見過ごせば,次の違法に至る。ひとつの平和的生存権の侵害を見過ごせば,さらに大きな権利侵害に至る。この違法に違法を重ねる連鎖を断ち切るために,最もふさわしい訴訟の類型として,国の戦争加担行為を違憲・違法と確認する判決が求められるのである。

国がひとつの戦争加担行為を行うことによつて,国の国民との間には,これに連鎖する多くの権利関係の変動が生ずる。戦争が,国家の総力を挙げた企図であり,また国民を総動員するものである以上当然のことである。

当該違憲・違法行為から現在に至る連鎖した権利関係の変動をすべて特定してその無効の確認を求めたり,その除去や被害の賠償請求をするよりも,当該の根幹的な国の行為を違憲・違法と確認してその後の違法行為の連鎖を断ち切ることこそが,平和的生存権侵害の「救済手段として最も有効かつ適切」というべきなのである。

なお,確認訴訟が「法律関係の公権的確定」によって「現在の私的紛争の解決」を目的とするものであるにせよ,「権利が裁判上確定されれば,当事者間においては,爾後の法律生活はこれを尊重しつつ行われていくことが多いという事実上の機能も無視してはならない」と説かれている。特定の戦争加担行為を,裁判上違憲違法と確認することは,国民と国との間において,爾後の国民の平和的生存権を擁護するのに「最も有効かつ適切」な機能を果たすと言うべきである。

損害賠償と言う救済手段がある以上,違憲違法確認の訴えを不適法と解することもできない。

本来,平和的生存権は国民に平和のうちに生存する利益を保障する実効的な権利である。戦争を予防する権利と言ってもよいのであって,事後的に平和が侵害されたことに対する金銭賠償では意味なく,権利の中核部分については金銭賠償に馴染みがたいと言わなければならない。少なくとも,損害賠償のみで償われる権利ではないのであることを間違えてはならない。
 戦争の予防は,平和的生存権の侵害行為の差し止めが最も望ましいが,当該行為が国政の各方面に広範に連鎖することを断つことによっても可能となる。そのために,国の当該戦争加担行為を違憲・違法と確認することが最もふさわしいのである。
 従って,確認の利益は損害賠償請求権とは独立して存在するというべきである。

以 上

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