自衛隊イラク派兵違憲訴訟の会・熊本
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資料  2007.09.10
あゆみ第10回口頭弁論(原告本人尋問)参照

意見陳述一覧 参照

[10]楳本光男さんの本人尋問(本人調書)

(※一部伏せあり)





第10回口頭弁論
2007年9月10日 熊本地裁

原告:楳本光男




原告ら代理人 (河口)


甲第79.号証を示す

 1
この陳述書は私があなたからお話を伺って,その内容を正確に書面にし、その内容が正確であることを確認してもらったうえで一番最後に署名と押印をしてもらったものでいいですね。
はい、間違いありません。
 2
経歴等についてはこの陳述書に書いてあるとおりということでいいですね。
はい。
 3
現在は熊本県労連の事務局長ということでいいですか。
はい。
 4
陳述書に書いてありますとおり、あなたは1997年から2005年3月まで陸上自衛隊西部方面総監部がある地元の小中学校でPTA役員をされたということでいいですか。
はい。自衛隊に隣接しております東部のI小学校、それからK中学校でトータルで8年間役員をして、最後の4年間はPTAの会長をしておりました。
 5
I小学校とK中学校ですけども、両方の学校とも自衛隊の子弟の方が多く通学している学校ということでいいですか。
そうです。
 6
イラク派兵の際ですけれども、PTA役員として地元に自衛隊のそういう総監部があるという、そういう存在があるということに関連して何か感じたり、あるいは対応したりということはあったんでしょうか。
はい。派兵する前からの情報として健軍のあの自衛隊に危険度で言うと一番高い危険度を示すプレートナンバ一1という弾薬庫があるということを聞いておりました。実際確かめたわけではありませんけれど、そういう話が地元の中では伝わっておりまして、ただでさえそれがもしも爆発を起こすならば周辺数キロは被害を受けるというようなことを聞いておりましたんで、これがイラク派兵後、ここがテロの対象になるならぱますます危険度は増すということで非常に危機感を持っておりました。
 7
そういう恐怖感のようなものがあったということに加えて、PTA役員ということで、もしも自衛隊に対して攻撃のようなものがあったりすれば生徒さんたちを誘導したりしなければいけないとか、そういうこともあるかもしれないと思うんですけども、そういう対応とか緊張感のようなものはあったんでしょうか。
もちろん、そういったことは常々考えておかなければならないというふうには受け止めておりました。
 8
地元の陸上自衛隊第8師団がイラクに派兵されたとき、自衛隊の関係者の方々から何かお話を聞いたということはあったんでしょうか。
はい。2005年の夏だったと思います。学校の方は子供はみな卒業して役員はしておりませんでしたけれども、その夏に第8師団が派兵された直後だったと思いますけども、地元のK教会を会場にいたしまして、もりずみたかしさんの写真展とそれから同時にイラク戦争に反対するコンサートというものを開きました。その中で写真展に来られた中で知り合いの自衛隊員の御家族の皆さん子連れで参加されて、非常に今行かれてる皆さんが無事に帰ってくることを望むというような話を聞きました。それからもう一つここでちょっと強調しておきたいんですけども、そのコンサートに私が主催しているグループも参加しました。今日もしかして傍聴席の中に情報保全隊の方がいられたらまずいので詳しいことは申し述べられないんですけれども、私のそのグループの中に現役の自衛隊員がいらっしやいました。御本人は明確にイラク戦争に反対という意思を示されて、そのコンサートに堂々と参加されてたと。当時はその情報保全隊の情報も知りませんでしたので、どれほどの覚悟でそのコンサートにその方が参加されたのかということを今本当、非常に勇気をしぽった行動だったなということを本当に感謝してます。そういった情報をその中で得ました。
 9
次に陳述書の中に、昨年の2月に西部方面総監部で指揮所訓練という訓練があったということが陳述されておりますけども、これはどういった訓練ということで知っておられるんでしょうか。
日米の合同演習ですので、イラクの派兵に続く先の演習ということになろうかと思います。指揮所ということですので、恐らく米軍のエリートの皆さんが来て訓練されるんだろうということでどんな形になるのかなというふうに思っておりましたけれども、今でも思い出すんですけども、昨年の2月にこれが実際行われたんですけども、1月の半ばごろから健軍周辺に外国の皆さん、アメリカ人の皆さんがだんだんと増えてきたという中で、1度町から電車に乗って帰ってたんですけれども、その電車の料金箱の付近にそれこそつり革がぶら下がってる鉄の棒を両手で持てるぐらいの大きな体の方が数人ふさぐようにしておられたと。その間を体の小さなおばあさんがすみませんと言いながら間を縫うようにして料金払って降りていかれるのを見ました。この状態を見て、仲間と打ち合わせて指揮所訓練を中止するということを申入れに自衛隊に行ったときに、様々な質問する中で米軍の皆さんの外出はどうなってるのかと聞いたら、もう野放し自由だということを聞きましたんで、これは大変なことになってはいかんなということも含めて、その地域にある13の小中学校、高校、それからすぐ前にある学習塾も含めて、申入れに行ったその足でその日のうちに全部回って、校長、教頭あたりと懇談して回りました。そこで分かったのが、その2月にそういった訓練が行われるということについて全く地元の学校には周知されていなかったと。すべての学校でそんな情報を最近どうもこの辺りに外人の人が多いのは何でだろうかと思ってたらそういうことなんですねということで非常に感謝されたというのを覚えてます。
10
あなたは平和的生存権という権利はどういう権利であるというふうにお考えでしょうか。
2点について述べたいんですけども、一つ、私は労働組合で仕事をしております。労働組合という存在そのものが憲法の28条に基づく存在であるしその憲法の28条に基づく労働法によって我々の仕事は成り立っておるというふうに思ってます。戦後労働法の根本にあるのは憲法の平和原則、それと国民主権と生存権ということの上に我々活動してるわけで、この平和的な原則の上に我々のこの労働組合の仕事は成り立ってるんだというところをこの平和的生存権ということでは強く思ってます。もう一つはPTAです。御存じかもしれませんけれども、PTAというのはアメリカの母親運動を根元にして始まったというふうに言われてます。母親という存在は命を生み育て、守る存在だということでいくならば、命を殺傷する戦争というものはPTAとは全く真逆の存在というふうに思います。だからその意味で学校でPTAでそれぞれ皆さん活動されてると思いますけれども、これも平和の上に成り立ってる活動だという意味で、この二つの意味で今日はこの証言というか、この中では平和的生存権というのはここではそういった意味で述べたいというふうに思ってます。
11
今労働運動とPTAという二つの例を引いて平和的生存権をこういうふうに考えてるというふうにおっしやいましたけども、要はそういう自らの主体ですね、社会的行動というものを、そういう戦争の不安を感じることなく行っていく権利ということでおっしゃりたいということですか。
そうですね。すべての基本は平和の上にということです。
12
今回の自衛隊のイラクへの派兵によって今おっしやったようなあなた自身の平和的生存権が侵害されたと、そういう実感というものはあるんでしょうか。
はい。子供たちに日常的にいろいろこの問題も話しておりますので、非常に侵害されたというふうに思ってます。
13
最後に裁判所に対して強くこの裁判に関して訴えたいということがあったら簡単におっしゃってください。
いずれにしても、どんな結論を出されるにしても、我々一般の普通の庶民の親、そして子供、その普通の我々親が子供にきちんと説明ができる結論を出していただきたいというふうに思います。それはすなわち、このイラク派兵が間違ってるということにつながる、そういった説明しか私は子供にはできないだろうなというふうに思ってるということで、是非そういった結論に導いていただきたいということを述べたいと思います。
以  上
 






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